院長コラム

甲斐荘楠音のこと〜中編

2023年03月23日

現在、京都国立近代美術館で開催中の「甲斐荘楠音の全貌」に行ってきました。これだけたくさんの楠音の作品が、一同に会するのは四半世紀ぶりのことです。大半の作品は、伝統的な日本画の構成にのっとり、着物の表現や色使いも奇麗で美しいものです。しかし、中には、あまりに女性の内面をありのままにとらえ過ぎ、女性の持つドロドロした情念や快楽を表に出しすぎた作品もあります。象徴主義やシュールレアリズムに慣れた現在人からみると、どうという事もないのですが、奥ゆかしさや秘すれば華という日本の美術の伝統からみると随分とかけ離れた画風とも云えそうです。案の定、楠音の絵は、「汚い絵」のレッテルを貼られ、画壇から追放されました。

 

京都国立近代美術館で開催中の「甲斐荘楠音の全貌」のパンフレット。男性の画家は、女性の美や神秘性に目がいってしまう。トランスジェンダーだった楠音は、女性のもつ暗部まで容赦なく描ききることが出来たのだろう。

活躍の場をうしなった画家を救ったのは、京都の映画産業でした。当時、関東大震災で、映画会社の多くはその拠点を京都に移していました。時代劇を撮るにも、古都は絶好のロケーションですし、衣装や小道具も手に入りやすかったでしょう。巨匠溝口健二監督に重宝された楠音は、映画の意匠デザインや時代考証に活路を見出しました。歌舞伎や伝統芸能へも造形の深かった楠音は、263本もの作品に関わり、時には女優さんの演技指導までしたそうです。今回の回顧展では、時代劇の衣装やポスターなども多く展示され、「描く人」にととまらず「こだわる人」「演ずる人」として、あるいは芸術の枠を「越境する人」としての楠音を余す所なく見せてくれています。

溝口健二監督「歌麿をめぐる五人の女」で、時代考証を担当した楠音。女優さんの背中に書かれた山姥と金太郎の浮世絵は、楠音の筆に違えない。欲目ながら、クリニックの金太郎の絵とよく似ている。

 

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