院長コラム

フツーにラッセンが好き

2024年02月09日

自宅の廊下に、マリンアートで一世を風靡したクリスチャン・ラッセンの代表作 Serenity(静寂)のリトグラフが、ひっそりと掛かっています。四半世紀も前に、家内と訪れたマウイ島のラハイナで買い求めた思い出の絵です。寒色系を基調とした神秘的な夜明けのモチーフは、寝室に置いても落ち着くでしょうが、ずっと居間の壁に掛けて楽しんでいました。数年前に、さすがに古くさい感じがしてきて、玄関先の廊下へ移しました。バブル期に大人気だったラッセン氏の絵が、あざとい商業主義のせいもあってか俗物的で芸術性が低いとレッテルを貼られいるのは、たいへん残念です。

クリスチャン・ラッセン画 セレニティー。冬のハワイでは、実際にクジラの海面からはねる様子が、海岸線から見える。

マウイ島からの帰り、たまたま立ち寄ったホノルルの画廊で、画家本人と出会う機会がありました。ラハイナでSerenityを買い求めたことを話すと、マウイ島のアトリエや趣味のサーフィンの事を語ってくれ、気さくに写真撮影にも応じてくれました。当時のラッセンさんは、ディズニーともコラボし、飛ぶ鳥を落とす勢いであったはず。それでも気取った所はみじんもなく、とてもいい印象でした。私たち夫妻には、なによりの旅の思い出になりました。ハワイに育ち、自然を愛し、自身も一流のサーファーである氏への評価が不当に低いのは、やっかみの一種だと思うのは、身びいきでしょうか。私の審美眼は曇っているのでしょうか。

ホノルルのラッセン画廊にて(平成七年頃)暗い画廊の中を、案内していただき、写真をとってくださった。

イルカやクジラが画面一杯に回遊し、ウミガメが群れる天国のようなマリンアートは、バブルに浮かれた日本人の象徴といっても良いかもしれません。バブル崩壊後の長い不況の時代、真面目な日本人は、物欲に浮かれた自らを反省し、華美や贅沢を戒めました。反面、われわれは夢を失い、心はどんどん内向きになり、寛容さを失っていきました。その結果、為政者を批判し、権威者を論破する事が正義だと思うようになりました。成功者は、マスコミに追われ、やっかみとシニカルな嘲笑の対象とされ、暗い世相が当たり前になる。戦前に、「贅沢は敵だ。」といって、自由で奔放な言動が封殺されたのと似ていますね。経済が上向きになっても、一旦形成されたこの閉塞感は根強く心に残ります。(少子化の一番大きな原因は このへんだと思うのですが、その論議はやめましょう。)

先日、新聞の文芸欄に「評伝クリスチャン・ラッセン 日本に愛された画家」(中央公論社)の書評が載っていました。新聞紙上で久しぶりにラッセンの名前を目にし、この画家を見直す動きもある事を嬉しく思いました。昨年の山火事で、古いラハイナの町並みの多くが灰燼に帰し、ラッセンの絵は本当に幻となってしまいました。けれども、その絵のなかには、日本人の琴線に触れる何かがある、忘れてしまった大自然への憧憬がある。廊下の絵を眺めながら、改めてそう感じています。

ラハイナスターライトに描かれた夢のような町並みは灰燼に帰した。

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